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監督  ギジェルモ・アリアガ
出演  シャーリーズ・セロン、キム・ベイシンガー、ジェニファー・ローレンス、ホセ・マリア・ヤスピク、ヨアキム・デ・アルメイダ、ジョン・コーベット、J・D・バルド、ダニー・ビノ
全然タイプは違うながらも・・・私の好きな女優さん二人の映画ということで見に行った。不思議なことに?友人もこのお二人の美しさが好きだという。女性に好まれるタイプの美女なのかな?
それでも期待し、想像していたよりも素晴らしいとは思えなかった。 それで・・・映画なのだが・・・この二人の女性に共感か同情かを持もてれば、この映画をいい映画好きな映画と思えるだろう・・・とは思う。
ただし?それがかなり難しいのではないか?と、私は思ったのだが、友人は違った。特に彼女は妻の乳がんを受け入れられない夫に不快を感じるから母ジーナの行動を肯定するという立場で見たからだそうだ。そこなんだと私も思う。4人の子供を抱えているからといって女を諦めろと言うのは酷い。けれど現実に夫が家を空けることの多い仕事についていて、家庭を守って幼い子供まで抱えているとなったら・・・現実には女でいることは難しいのではないか・・・むしろそのために使うエネルギーのむなしさを私は思ってしまう。娘のシルヴィアの場合もだ。どんな動機にしろ子供を産んでしまった後で逃げ出してしまったら、その後どんな生き方ができるというのだろう。勿論シルヴィアが逃げ出したのは自分の罪と向き合うことからだったのだろうが。
多分、見るものの女度の問題なのかもなぁ。女を生きようとする人と、妻を生きようとする人と、母を生きようとする人の、精神と肉体のせめぎ合いの結果として彼女達二人はあの大地に立っていたってことだろう。自己の寄って立つところを女に求めるしかなかった母と、寄るべきところを女にすることに逃げた娘と。
燃えた母は自分を燃やしつくし、燃した娘は自分を燃やす場所を見失ったということか?
それにしても過去を向き合わないで過去にすることは出来ないと思えるのだが、向き合ってそれを秘めることが彼女の自分への裁きになるのかも・・・しかし見ていた私は彼女の母の真実を知っているけれど、シルヴィアはもう知るすべはないのだから・・・後のドラマは見る人の心の中にあるということか。シルヴィアが今後踏み出す足はどんな大地にだろうか?マリアはまさしく祖父・母の愛の結末ということになるわけで、人が男であることだけ、女であるだけを選択することの恐ろしさを感じるし、その過程を見せ付けるようにマリアーナのあの伸びやかに愛らしい顔が(美しいなりに)シルヴィアの顔にすさむまでの人生が怖い。女に生まれただけでドラマだわ。