彼を初めて見たのは「アラビアのロレンス」だった。
物語の初めでは、砂また砂、丘また丘のあの砂漠でどんどん日に焼けていく肌の色とその下で輝く目の印象が私を捕らえた。
そしてらくだに背を丸めてロレンスが乗り越えていく広大な砂漠と、彼がそこで大きく育ちまた壊れていく様とが見事に映し出されていく大きな物語に魅了されていった。
決定的だったのは囚われたロレンスが鞭打たれた時のあの目だ。
画面と私とを隔てていた距離がその「ひと見つめ」で消え果てた。
私はそのままロレンスの背中に溶け込んだ思いで彼のその後の生を生きた。
そしてまた、私の視線はオマー・シャリフ演じる族長の視線と重なって、ロレンスの砂漠とそこに生きる人への思い、愛と憎しみを悲しく見つめた。
圧倒的な「眼」だった。
この1作でピーター・オトゥルの名は私の頭に刻み込まれた。
しかし彼の映画はそんなには見ていない。
直ぐ数え上げられる。
「何かいいことないか子猫チャン」(1965)
「チップス先生さようなら」(1969)
「おしゃれ泥棒」(1966)
TVドラマ「ドーバーを越えて」
そして「トロイ」(2004)
俳優本人の人生は殆ど全く知らない。
私が垣間見たニュースは「彼の演出したシェークスピァの舞台が不評だった。」こと、
「アル中の治療中だ。」った時期があったらしいこと、
「アカデミー賞の特別功労賞にノミネートされた。」くらいだろうか。
この映画の事を思い返せば、目をつぶらなくても、砂漠の砂と風の中の彼のなびく金髪、焼けた肌、見つめる眼は直ぐに私の中に甦る。
「子猫ちゃん」の青い青い大きな笑う目、
「チップス先生」の背の高い痩せた猫背の後ろ姿と眼鏡の上から見つめる優しい悲しげな語る目、
「おしゃれ泥棒」の悪戯っぽい踊るようなからかう目、
「ドーバー海峡」の頑固な意志の強い成し遂げる目、
「トロイ」のアキレスに向ける老いた弱々しい悲しい訴える目
彼の目は永遠だ。