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監督  ジョナサン・デミ
出演  アン・ハサウェイ、ローズマリー・デヴィッド、ビル・アーウィン、トゥンデ・アデビンベ、デブラ・ウィンガー、アンナ・ディーヴァ・スミス、アニサ・ジョージ、ロビン・ヒッチコック
 

全ての人が皆己の物語を秘めている、いわんや家庭をや?
姉レイチェルの結婚式に出席するために妹キムは依存症の施設から出所する。迎えを待つ彼女からもう既に危険な香り、騒動のタネが萌え始めている予感がする。このアン・ハサウェイの美貌には昔からあきれ果てるほど?可愛いお目目ちゃんだなぁ!と思ってきた私だけれど、この彼女は危ない!ベンチにかがみこむその姿がもう危なくて可愛げは払拭されている。ここ数作の彼女の成長は感じている。彼女もかわいこちゃんを脱する季節に入ったんだなぁ・・・上手に脱皮するか永遠の吉永小百合になるか?ってほどでもないかな?
しかし不思議!彼女はこれだけの家庭に生まれていながら、依存症で施設を出たり入ったり歴はもう長い。映画の途中でその設定は弟の死の責任からかと思えば、もうその頃は依存症でラリッテいたそうだし。姉が出来すぎでいじけて親を困らせるため?父親の愛情を独り占めしたかったため?いずれにしてもほんの子供が依存症になっているとは。ただの好奇心が出発点だったのかも?としか思えない状況。だとするとただアメリカは病んでいる!いつでも簡単に手に入る恐るべき社会!で終わってしまう。しかしこの映画はそこが出発点なのだ。だから・・・この映画は厭な映画だった。
どの家庭にも壊れ物、腐ったみかん、隠しておきたい汚物・・・あるでしょう?いいえ、ありません!あったとしてもそこはそれ乗り越えていけるものではありませんか、家族ですもの、助け合えますわ。愛がすべてを克服しますわ。ええ、乗り越えていくべきでしょう・・・とは建前?実生活ではまずならないのですね?
キムはひたすらに自分の気分を主張し続け・・・家族は理解しようと譲歩を続けます。私がレイチェルだったらキムにはうんざり、姉妹の縁を切りたいと切に願うだろう・・・と思う限を越えても父も姉も受け入れようと努力をし続けるのです。やっと現れた母は他人事のような姿勢を崩さず自分の今の家庭を守ること最優先。これが普通かも・・・と、思いながら・・・キムの小意地の悪さがブローのように家族に効く様を見ていて・・・最近の家族間の殺人事件はこういうときに起こるのだ・・・と、妙な理解をしていました。
濃厚すぎる保護も愛情も無駄なものには無駄だし・・・手放さなければならないときに上手に手放す方を学ぶ方が利口なんだろうな・・・それはお互いになんだ・・・?いや、やっぱりそうは思いたくない。どの家族も再生への希望は潜在している。思いやり、愛があれば?理解しあえる?
それにしてもこの家族のホーム映像誰が撮ろうと思ったんだろう、いやな物を残しちゃったね・・・なんて、不愉快に見ていました。
植物の種も悪い種といい種があって、悪い種はどうしようもないのは確かだぞーと思いながら、それが愛しい我子だったら・・・どうしたらいいんでしょうね。
お父さんの自信の無い慌てふためきようとか・・・一生懸命妹を受け入れようと闇雲の譲歩をする姉とか、痛ましい限りでした。姉自身かろうじて立っているのではないですか?この先も・・・不安が靄のように家族のすき間に忍び込んでくるような・・・。
私は多分第一付添い人の席を奪われたレイチェルの友人の目になっていたのかもしれないな。