余韻

映画についてのコラム 95 Comments »

忘れられない映画もあるし、様々な思い出と離れ難く結びついている映画もあるし、不意に意識下から浮かび上がって色々な事を考えさせる映画もある。
先日流しで洗い物をしていて、ふと手に小さな水の泡がいっぱい付いているのに気が付いた時、不意に甦ってきた映画がある。
その映画は私にとって忘れられない映画の一つ、印象の強かった映画の一つなのだが、その夜私はすっかり忘れていた事を思い出したのだ。
「なんであの映画がこんなにも心に残ったのか」という理由を。

映画はソ連の「ハムレット」1964年。

私は高校生。その時にただ1度見たきりの映画だ。
監督はグレゴリー・コージンツェフ
ハムレットはインノケンティ・スモクトウノフスキー
親友と二人で見に行った。
導入部で私はすっかり心を奪われた。
岸壁の上に立ったデンマークの城(撮影現場がそうだったとは思わないが、物語ではデンマークの城のはずだ)、その足元に波が押し寄せる。
岩にぶつかり飛沫となって飛び散る。
そのあと無数の泡が渦巻きながら波が引く。
その飛沫が永遠に続くのかと思えるくらい延々と続いていたようだ。
波が寄せてぶつかり飛び散ってしぶきが巻き上がる、波が引いて泡を残し、また波が寄せる、そして激しく飛び散る飛沫、そしてまた波が・・・
私は息を飲んでその飛び散る飛沫、残る泡の美しさに見入る。
オフェーリアを演じた女優の顔も、ハムレットのインノケンティの顔ももう覚えていないのに、その泡の様と友人が途中ただ一言ぼんやりと「なんて美しい足!」とつぶやいたことだけは今も忘れていない。
勿論オフェーリアではなくハムレットの足だ。

映画が終った後、私たちは無言で映画館を出て、私は冒頭の美しさを彼女に言いたいと思って口を開きかけた。
彼女は私がまだ何も言わない先に
「駄目!話さないで!何もいわないで、30分。」
私たちはそれっきり何も話さないで30分以上黙ってただ歩いていたと思う。
有楽町だっただろうか?
その間私は今見た波の様を繰り返し繰り返し反芻していたのではないかと思う。
多分「ハムレット」のドラマよりも。
後にも先にもあんなに長く一つの映画の一つの映像を思い続けたことは無い。
彼女はハムレットの足を?
結局彼女とはその後「ハムレット」について一言も話しあわなかった。
今でもたまに会うけれど「ハムレット」の話をそういえばしたこと無いなぁ。
彼女はあの映画の事を覚えているだろうか?
彼女が与えてくれた時間のおかげで私の中にあの「ハムレット」は永遠に住みついた様だ。
余韻の楽しみ方は色々だろうけれども、あの時彼女が言った
「何も言わないで!」は
最高の余韻の楽しみ方だったなぁ。

ウォーク・ザ・ライン/君に続く道

映画タイトルINDEX : ア行 1 Comment »

監督 ジェームズ・マンゴールド
出演 ホアキン・フェニックス リース・ウィザースプーン
ジェニファー・グッドウィン ロバート・パトリック

この映画散々迷ったんです。
ホアキンがあのリバー・フェニックスの弟だと知ったので。
「スタンド・バイ・ミー」「マイ・プライベート・アイダホ」2作しか見ていないのですが、お兄さんは「スタンド・バイ・ミー」の初々しくも頼もしい姿で頭に焼き付いています。
知るまでは「ホアキンの悪役面!嫌い」って思っていたんです。
映画そのものは書評などで好評が多かったので、興味は抱いたのですが、何しろ主演があの顔の人ですから。
「グラディエーター」の皇帝は見事な悪役でしたし、TVドラマか何かで「皇帝ネロ」やっていませんでしたかね?
顔で映画選んだら失敗することが多いの分かっていても好きになれない顔は好きになれない顔ですもん!なんて・・・
それがつい長~いフライト時間!
興味を持っていた映画なのでツイ見ちゃったのですわ!
そして今度はまた後悔しています。
こんな画面で、こんなスピーカーで何で見ちゃったんだろう!
「あぁ、これは大画面で音響のいい映画館で絶対見るべき映画だった!!!」と。
あの小さな画面とあのひどい音でも魅了されたのですから、ちゃんと見たらどんなにか魅惑されたでしょうね。
あの曲ちゃんとホアキンが歌ったのですって?皆?
で、リースさんもそうなんですって?嘘っ!
天は2物を与えたんだ!

ドラマは演技力で見せるものですけれど、この作品の場合歌唱力も演技のうちですよ。歌で恋を語っているのだから。
曲でこんなにぴったり添えるのに、何故二人の道のりはこんなにも長かったのでしょう?
もう、ジョニーに同情して、肩入れして、疲れちゃった!
ジェーンは何であんなに彼を理解しているように見えたのに彼をあんなに拒否し続けたんでしょうね?
それにジョニーの妻は何であんなに可愛くなかったんでしょう?
彼の生き方を拒絶・否定し続ける根拠ってなんだったんでしょう?
彼の稼ぎで子育ても何もかも出来ているのに・・・なんて専業主婦は羨ましくこそ思え・・・(おい・おい、そういう問題じゃないでしょ!)
アルコールや薬におぼれる男って本質的に危ない!と思うのは確かだけど、そう切り捨てられない魅力がジョニーという男の必死さを見ていると感じられて、あの怖い顔にも関わらずすっかり彼の味方?になっちゃいました。
おぼれていく彼の必然性が良く見えました。いとしかったですねェ、彼の心。
だから一人の男の生き方に固唾を飲んで見入っていたのに、彼を取り巻く女性たちの方はいまいち理解できずに映画は終りました。

ヤッパリちゃんとした劇場で見るべきでしたよ。
暗い画面で微妙な表情など読み取れなくて、見落としたニュアンスがいっぱいあるようでヤッパリ後悔です。
でも実際に人生を本気で!生きぬいた人の伝記物って、ドラマとして凄い説得力がありますね。
Read the rest of this entry »

初恋

映画タイトルINDEX : ハ行 No Comments »

監督 塙幸成
出演 宮崎あおい 小出恵介 宮崎将 小嶺麗奈 藤村俊二

この映画は前もって知識が全く無かったので、チケットを頂かなければ、見損なうところでした。
かの「3億円事件」を土台に据えているところ、つまりあの時代は私の青春期だったので、様々に挿入されるあの時代の映像を懐かしく見ました。
だいたいあの事件は随分沢山様々なメディアで取り上げられていますから、解決されなかった事件だけに許されて?色々な解釈が可能ですが、この脚本には意表を衝かれました。
作家になれる人の想像力の翼って本当に凄いですね?

話は変わりますが、先だって父が「NHKの朝ドラ見ているかい?」
「その時間はドラマ見る暇無いので朝ドラってあんまり見ること無いんだわ。」
「そうかい、別にどうっということは無いんだが、今度主演している女の子なぁ、宮崎あおいとかいう名だったと思うが、久しぶりに本当に可愛い子でね、気持ちよく見ているんだ。いい女優さんに成長してくれればいいなぁと思ったんでね。」と言ったのです。
その宮崎さんが主演でした。
いい女優さんになるんじゃないかなぁと私は思いました。
彼女の孤独感、所在の無い切なさがよおく分かりました。
ジャズ喫茶の入り口に佇む姿に乾いたいじらしさがありました。
乾いたと書いたのはじーんと来る涙を誘うような感じとは一線を画すようなむなしさがあったからです。

あの時代の空気は知っているつもりですが、私は蚊帳の外でしたから・・・何も行動しなかったからで、クラスでクラスメートと安保で激論を交し合ったりはしましたから・・・ただあの映画の中の青年たちが醸すような空気は縁が無かったと言うことですが、
それだからかこの物語には「ありだなぁ」と言う部分・理解できる部分を持てないままに見終わってしまいました。
ただ、みすずの初恋の情緒は普遍的な悲しみが漂っていてあの頃の私の心のあった場所を思い起こされました。
しかし殆どの出演者がよく言えば初々しいからでしょうか、せりふが聞き取り難いので困りました。
口跡がいいとか悪いとか言いますが、それ以前かもしれません。
会話の中身が中身ですからあれは「狙い」なんでしょうか?
でも作品としては不親切です。
どんなボソッとした一言も聞くものの耳に届かなくては、意味が無いでしょう。
囁くような一言、つぶやくような一言を客の耳に届けて役者は「何ぼ!」と思うのですが、皆さんまだ途上ですからね?
唯一藤村俊二さんが助け!でしたよ。あの小柄な方の声がしっかり耳にも心にも気持ちよく届くんですからね。
Read the rest of this entry »

花よりもなほ

映画タイトルINDEX : ハ行 No Comments »

監督  是枝裕和
出演  岡田准一 宮沢りえ 古田新太 浅野忠信 香川照之
田畑智子 原田芳雄 加瀬亮

実に充実した濃い映画を見ちゃった!
満足!満足!と、心の中でつぶやきながら席を立った。
これだけの映画見せていただけば十二分に元が取れた?いやそれ以上ですよ。有り難や!
出演の項に長屋の全員の名を連ねて書くべきですよ。ええ、そうですとも!

本当言うと途中長い映画に思えたんです。
って、中だるみしたと言うことではないんですよ。
余りに長屋の住人がしっかり書き込まれていたんです。
一人一人の個性や匂いまで伝わってくるような。
長屋しぐさとでもいいますか、狭くて汚くて思いっきり肩寄せあっている住人たちが、それぞれを馴れ合いながらも底の方でそれぞれの抱えるその阿呆さ加減も悲しさ加減も辛さ加減も尊重して受け入れあっている、認め合っているとでも言いますかね?
その描きようが余りに見事で、反対に途中で心配になってきちゃったんです。
監督はこれを一体どう収めるんだろう?
すべてのこの愛すべき人たちをどうしてくれるんだ?って、本気で
心配になっちゃって。

仇の金沢十兵衛親子どうする気よ?
一年に一回腹切る香川さんの浪人の人生って何を抱えているの?
やくざの袖吉には何があるの?
おさえ親子の仇は?
その日暮らしの面白いけれど見てると悲しくなる住人たちは長屋を追われたら・・・?
第一この情けない長屋の隅で膝を抱えてる主人公どうしてくれるのよ・・・?何とかしてやってよ、お願い!みたいな。
赤穂浪人さんの方は想像が付いていたから・・・まぁね。
っていう具合に完全感情移入。

だから濃くって重くって、時々くすくす笑いながらも、彼らの逞しさも愛しく・・・結末が出るまでが長~く感じられたと言うわけです。
でも素晴らしかったのがここからでした。
実に見事な畳み込み方でした。
収束に向かっていく収斂のスピード感と省略の上手さ!
この省略って手抜きの省略ではありません。
科白と絵面のコラボレーションとでも言いますか?
上手に見る人の想像力をフル活用する仕方とでもいいますか!
その上に赤穂浪士の討ち入りの見事な常識の裏切り方のおまけ付き。
これ、ありですよ!
書きませんけれどね、浪士の討ち入りに急ぐ場面に懸かる「一言」!
貞四郎の討ち入りの感想!
意表を突かれましたけど、頷いちゃいますもんね。
(そして寺坂吉衛門さん、息子にわらじ作り教えられるのねぇ。)

この映画の「主題」がくっきりと浮かび上がって、宗佐さんの大写しの笑顔と共に満足の吐息!となったわけであります。
出演していたすべての俳優さんがこれだけ一人一人が見事に思えた映画ってそうそうは無いですよ。
業突く張りの大家でさえもね?
いやぁ、実に秀逸な長屋セット付きの極・極上等な落語でした!
Read the rest of this entry »

ナイロビの蜂

映画タイトルINDEX : ナ行 31 Comments »

監督  フェルナンド・メイレレス
出演  レイフ・ファインズ レイチェル・ワイス
ユベール・クンデ ダニー・ヒューストン
ピート・ポスルスウエイト ビル・ナイ

さぁ、私に何が書けるのだろう?
とにかく心の中に書き綴るのが困難なものが渦巻いている。
それもどうすることも出来ないとはっきり自分で分かっている巨大な無力感の中で。
この映画の音楽が単調に静かに波が繰り返し繰り返し寄せ来るように鳴り響くように、
心の中に繰り返し繰り返し寄せ来る重い思いがある。
見たくないもの、知りたくない世界がこの音楽に乗って繰り返し繰り返し私に考えろと迫ってくる。
溢れる愛情も情熱も得体の知れない深い闇の中に飲み込まれていく。
いいたいこと、訴えたいことが声高ではなく心に沁みてくる。
だが、涙を流す以上に何が出来るのだろうか?私に?
ヒロインのテッサはその知性が得たものを一直線の情熱の羽に乗せてすべきことに突き進んで称えられるべき女性像を永遠に打ち立てた。
だが、私が打たれたのは夫のジャスティンにだ。
イギリス人らしいイギリス人。
静かで理性が勝ち庭仕事を愛する感情的ではない既に出来上がっている人間のはずだった彼だ。
知ろうと決意してからの彼のした一途な頑固さのことだ。
知っていくこと、それを受け入れていくこと、深く受容するということ、その行き着く先。
知りえた妻の愛情の深さも、自分の妻への深い愛情も、それがなんになったんだろう。
この恐ろしくも悲しい大地の上に落ちると、乾ききった大地が一滴の水を跡形も無く吸い尽くすように、どんな愛情も無力なのだと思えて・・・
一体何をこの大地に注ぎ込めばいいのだろう?
分かっているくせに!人類は皆分かっているくせに!
ジャスティンの死、自分を待つものを知りながらセスナから降りた少年のそれからが暫くは心の底であの音楽のようにこだまし続けるだろう。
だが、何時まで?それが今一番怖いのかもしれない。

久しぶりに映画を見て原作を読みたいと思っている。
Read the rest of this entry »

Design by j david macor.com.Original WP Theme & Icons by N.Design Studio
Entries RSS Comments RSS ログイン